名前 栁葉 裕央 (やなぎは ひろのぶ)
部署・役職 大工
保有資格 二級建築士
家族構成 妻 娘
出身地・出身校 いわき市小浜町
インタビュー
趣味・ハマっていること ジェットスキー・バイク(Z750RS所有)

巧みたちの意気!(以下転載)

いわゆる「職人」と呼ばれる人口が昨今、急減している。

建築関連では左官業、タイル業・・。

こうした中、栁葉裕央(ひろのぶ)さん(四〇)は、あの東日本大震災直後、三十二歳という若さで建築業(大工)の棟梁(とうりょう)に就き、依頼、切磋琢磨に余念がない。

 

「信頼と安心こそ」です

   請け負った件数は約百軒に

 

社会の中で生きていくうえで、昔からよく言われていることは、「手に職を持つこと」だ。

職の内容はいろいろだが、技術を一度習得すれば、一生ついて回り、経済的にもプラスになることは多い。

柳葉さんは、高校卒業後の十八歳で建築業に足を踏み入れた。

師匠は父親の聡明さん(七三)だ。

「父の義兄が建築業だったので、父はそこで働き技術を学びました。私は子供のころから父とともに現場へ行ったり、屋根に上ったりしていたので、自然とこの道に入りました」

 

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建築業への門戸は、常に栁葉さんのそばに開かれていたようで、「小さいころからモノ作りが好きだったということもありましたね」と続け、違和感はなかった様子。

父とともに現場に入った栁葉さんは、時には厳しい手ほどきを受けながら住宅建築のイロハを覚え、どんどん吸収していった。

順調な日々が続いたもの、先の震災の影響で仕事はピタリと止まる。

「あの震災で仕事がまったくなくなり、だいぶ休みましたね。一見仕事をしたら二カ月休みという日々。業界全体が暇になったため手伝いの声もかかりませんでした。実家が農業もやっていたので、そっちの方の手伝いをしたような・・・」と、笑いながら振り返った。

そんな折、震災の翌年の平成二十四年四月、父親から代表を任された。

三十二歳の棟梁だ。

この未曽有の震災は、各方面に大きな災いを出したものの、一部の業界には”特需”をもたらした。

仕事ゼロだった日が嘘だったかのように「急激に忙しくなったんです。量的にもかなり増えてきました」と話すように、市内一円、新築、改築などのいわゆる建築ラッシュ。

現在はやや落ち着きを見せているものの、まだまだ槌音(つちおと)は高く響いている。

栁葉さんの技術には、定評がある。

本人は「キズ、ゆがみ、そして下職といわれる水道、電気、クロス屋さん達からクレームがないよう、言われないよう最大努力はしています。

『信頼と安心こそ』ですから」。

 

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こうした仕事ぶりが関係者の間でも評判を集め、これまでに父子で請け負った住宅の建築件数は、ざっと百軒に近い、という。

カンナ、ノミ等を七つ道具としていた昔との違いについて栁葉さんは、「現在はプレカットの時代ですので、現場には機械が増えました。柱を打つのもトンカチよりエアガン(通称・鉄砲)ですが、技術が下がることはありません」と胸を張った。

パワーあふれる若い棟梁は今、一人の弟子を育てている。そんな現状を踏まえ、

「自分もあちこち動くので、心配することなく、彼には早く現場を任せらえるようにしたい」と前向きだ。

 

■   ■

 

夜は九時に就寝し、朝七時すぎには父と現場入り。

「父には今も教えられていますよ。自分は和風より、和洋風住宅に自信ありです」

 

 

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雑誌「月刊りぃ〜ど 2019年8月号」に掲載されました内容を転載しております。