名前 作山 仁 (さくやま ひとし)
部署・役職 大工
保有資格 剣道三段
出身地・出身校 いわき市永崎
インタビュー

巧みたちの意気!(以下転載)

剣道三段の腕を持つ建築業の棟梁、作山仁さんは、プロ中のプロ。

「施主さんに喜ばれるのが一番だよ」と強調しつつ、仕事への熱意を真摯に語る作山さんが歩む道の一端を紹介する。

 

施主さんの笑顔が一番

 仕事は研究、探求心が大事

永崎に生まれた作山さんは、父親の故・新三郎さんも大工職人。

作山さんの母親の父、つまり祖父も同業で、新三郎さんはそこで修行しており、作山さんはいわば三代目になる。

祖父の事業所が自宅の近くにあり、「その仕事場でよく遊び、祖父や父親の背中を見て育った。

いろいろな木材などにも触れていたため、(大工という職業が)身に沁みついていた」と振り返る。

やがて、高校を卒業。将来進む道に対し、迷うことはなかった。

自信の内には「建築業へ」というレールがすでに敷かれていたのだ。

 

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「かわいい子には旅をさせろ!」

だが、父親の新三郎さんは、そうした”名言”にさらに深く踏み込むかのように、「大工の仕事はどこも同じだ、ならば息子はオレが仕込む」。

祖父、父親はこの道一筋の大ベテラン。

手がけた建物は一般住宅に加え、神社、寺院という特別仕様の建築物にも携わって腕を磨き、道具一つひとつ、きの一本一本にも細かく配慮する人たちだった。

身は肉親でも現場では棟梁と新弟子。兄弟子たちからの厳しい叱責などは茶飯事の毎日。

「棟梁の息子だからというわけではないんですが、兄弟子(あにでし)達からはよく怒鳴られた。でもね、本気で怒って指導してくれたんです。悔しかったですが、早く覚えて人を使う側になりたいとの一心で踏ん張りました」

始業の一時間前には現場に入り、必死で技術を覚え、父親の片腕にもなりつつあったころは、バブル景気の終焉(しゅうえん)。

加えて、ハウスメーカーの進出で仕事も激減。併せて工具・工法も大きく様変わり。

個人事業主にとって、請負額も手間賃も減額が続き、「人件費などでアップアップの状態。くえない、ひどい時代だった」。

四十代に入ったばかりの作山さんは休業を余儀なくされ、この間、空調設備関係の会社で働き、取り付け作業などを行っていた。

そんな折、泉町の建築会社の社長と知り合い、請われておよそ十年ぶりに”本業”へ復帰。

同社の下で仕事に励み、六年ほど前からは弟子をもち、棟梁として現場を仕切っている。

 

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一般的に就業の年期相場は、昔七年、お礼奉公が二年。

今は電動工具類の普及もあり、昔とは単純比較できないが、「成人で入ったとして期間三年とやる気が勝負」(作山大工)。

この間に木の性質、種類なども覚えなければ一人前になるのは遠い、という。

作山さんは、「施主さんの喜ぶ顔、これば一番、なによりですよ」と笑顔で話しつつ、「責任の重さ、ストレスはあります。でもこの仕事は研究、探求心や創意工夫が大事。手抜きなどは一切ナシ。   仕事? そりゃー、楽しいね」。

 

 

 


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雑誌「月刊りぃ〜ど 2019年7月号」に掲載されました内容を転載しております。